最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)46号 判決 1997年2月14日
三重県亀山市栄町一五〇四番地の一
上告人
カメヤマローソク株式会社
右代表者代表取締役
谷川誠士
右訴訟代理人弁護士
冨島照男
宮澤俊夫
小川淳
磯貝浩之
岡山県倉敷市西阿知町一三二〇番地の五
被上告人
ペガサス・キヤンドル株式会社
右代表者代表取締役
井上隆夫
右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第一五一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年一二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人冨島照男、同宮澤俊夫、同小川淳、同磯貝浩之、同櫻井守の上告理由及び上告代理人櫻井守の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでその法令違背をいうか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成五年(行ツ)第四六号 上告人 カメヤマローソク株式会社)
上告代理人冨島照男、同宮澤俊夫、同小川淳、同磯貝浩之、同櫻井守の上告理由
一 原判決には、特許法三六条、四〇条、四一条の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
1 昭和五六年一月二四日に出願された本件特許(特願昭五六-一〇七〇一号)の特許願(甲第二号証)に添付された明細書(以下「当初明細書」という)の特許請求の範囲には「複数のキャンドル芯先端部を燃焼助剤を含む導火用糸条体で連結してなる装飾用キャンドル」としか記載されていない。
これに対して、昭和五九年七月六日、及び昭和六一年六月五日、意見書に代わる手続補正書により、明細書(以下「変更明細書」という)の特許請求の範囲は、「1多数の炎により文字や形状を表現するようになした多数のキャンドルよりなる装飾用キャンドルにおいて、該多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残査の少ない導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結され、多数のキャンドルが導火用の糸条体を介して連続的に点火できるようになしたことを特徴とする装飾用キャンドル。2導火用の糸条体に燃焼剤を含ませてなる特許請求の範囲第一項の装飾用キャンドル」と変更された。
右手続補正書に初めて記載された事項のうち、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する・・・・・導火用の糸条体」という事項は、当初明細書に記載した事項の範囲外のものであるから、その補正は、本件特許発明の要旨を変更する(特許法第四一条)ものとなり、本件特許の出願日は、右手続補正書を提出した時、即ち、昭和五九年七月六日とみなされる(特許法第四〇条)とするのが上告人の主張であった。
2 これに対して原判決は、「当初明細書の第1表には、ニトロセルロースに添加する遅燃剤の添加量を変えた場合の糸条体の燃焼速度として一m当り四七秒のものから一m当り一一六秒のものが、同第2表には、糸条体への燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量を変えた場合の燃焼速度として一m当り一二秒のものから一m当り七六秒のものがそれぞれ記載されていること(別紙第1、第2表参照)が認められる。
右のとおり、当初明細書には、糸条体の燃焼速度の最も速い値として「一m当り一二秒とし、これより遅い速度を燃焼速度として採用し、この燃焼速度範囲を「一m当り一二秒以上」と表現したものであると認めることができる。従って、糸条体の燃焼速度(導火速度)を「一m当り一二秒以上」と記載した補正は、当初明細書に記載されていた事項に基づいてなされたものというべきである」と判示する。
3 しかしながら、原判決の右判示は、発明の要旨の認定ないしその解釈をするにあたり、特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきところを、そこに記載されていない事項を付加して不当に拡張して解釈し、要旨変更に当たらないとしたものであり、この点において原判決には特許法三六条四項・五項、四〇条、四一条の解釈を誤った違法があるというべきである。以下、その理由を述べる。
(一) 特許法は、明細書には発明の詳細な説明の欄を設けることを求め(同法三六条三項三号)、この欄にはその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないと規定しており(同法三六条四項)、この発明の詳細な説明に、明細書の技術文献として果たす役割を主として担わせている。これに加えて、明細書は、当該発明の特許性(新規性・進歩性)を主張し、かつ、立証する書面としての機能をも果たしている。
従って、発明の全体を技術的に正確かつ簡明に出願当初から証載しなければならないのであり、願書に添付した明細書によって、当該特許出願の内容は確定し、爾後、その記載内容を越えることはできなくなるのである(特許法四一条)。
我が国特許法が先願主義を採用しているからには、明細書の要旨の変更は厳しく制限されなければならない(特許法五三条一項)。
(二) 出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し、減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しない(特許法四一条)が、出願当初の明細書または図面に記載した事項の範囲内でないものとなったとき、その補正は明細書の要旨を変更するものとされる。
本件においては、当初の特許請求の範囲には記載されていなかった「多数のキャンドルの燃焼芯の先端部をその多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する導火用の糸条体で連結した」点が特許請求の範囲の要件として新たに追加されたが、当初明細書にはそのような記載は全くない。
原判決は、当初明細書の「発明の詳細な説明」中にある第1表、第2表中にその記載があると判示するが、そのような記載は全く見当たらない。
即ち、当初明細書における第1表及び第2表に関連する記載を列記すれば、「糸条体の燃焼速度は次のように調節することができる。
(1) 燃焼助剤にセルロース微粉末、微細な殿紛、微細な無機質顔料等の遅燃剤を添加する。
(2) 糸条体への燃焼助剤の付着量を制御する。
第1表にニトロセルロースに遅燃剤の添加量を変えた場合の燃焼速度を示す。第2表に糸条体への燃焼助剤の添加量を変えた場合の燃焼速度を示す。
上記表1および表2より糸条体の燃焼速度は燃焼遅燃剤を燃焼助剤に添加するか、又は糸条体への燃焼助剤の付着量を調整することにより容易に制御できることがわかる。」(当初明細書第七頁第二行~第九頁第四行。)の通りであり、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができた点について記載されていないことは明白である。
当初明細書の第1表及び第2表に、糸条体の単なる導火速度を燃焼助剤(ニトロセルロース)に対する遅燃剤の添加量を変えることにより調整できること(第1表)、及び、燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量を変えることにより調整できること(第2表)が記載されているからといって、これらの実験に使用された各糸条体が炎をあげて導火し、キャンドルのワックスを気化燃焼させて、キャンドルを添加させることができるものであるか否かは、さらなる実験をしなければ明らかにはならないのである。
従って、発明の詳細な説明中に、糸条体へ燃焼助剤の添加量を変えた場合の燃焼速度の数値が羅列された実験例が記載されていたからといって、それで足りるものではなくあくまでも発明の構成は、発明の詳細な説明の欄において点火することができた点について文章によって明確に表現すべきものである。
変更明細書の特許請求の範囲に記載された点火に関する前記事項は、当初明細書の文章中には全く記載されていないにもかかわらず、明細書の要旨変更の有無を判断するに当り、右実験例の表中の数値の一部をあえて取り上げて、その数値に基づいて補正がなされたとか、これらの点について「記載されていることは明らか」であるなどと判示する原判決は、前記特許法の発明の要旨の厳格解釈の原則に違背し、特許法三六条四項、五項、四〇条、四一条の解釈適用を誤っていると言わざるを得ない。
二 原判決には、当事者が争っている事実につき、当事者間に争いがないと判示しており、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
原判決は、本件発明について、静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる、という効果を奏する点には、「当事者間に争いがない。」との判断を示している(原判決二三丁裏)。
しかしながら、上告人は、原審における平成三年五月一四日付準備書面(二)の第一六頁第一三行~第一七末行において、「被告は、「本件発明は、「一メートル当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残査の少ない導火用の糸条体」を用いることにより、明細書に記載のとおりの「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことができた」ものである旨主張するが、導火用糸条体の導火速度が一メートル当り一二秒以上の割合で導火させなければ、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことができない根拠を本明細書から見出すことができない。
例えば、導火用糸条体の導火速度が一メートル当り八秒の割合である時には、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことはできないというのであろうか、夏の風物詩である仕掛け花火における糸条体は相当速い速度で導火しているようにみえるけれども、静的イメージしかなかった花火の炎に対して動きを与え、どのような構図、或は文字が画かれるのか緊張感と期待感の中で花火が順次点火されて行くことは、普通に何人も経験するところであるから、その主張には妥当性を見出すことはできない。」と記載するなどして、前述効果が本件発明における多数のキャンドルの燃焼芯先端部を「一m当り一二秒以上の割合で炎を導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体で連結したこと」による固有の効果でないことを現に争っているにも掛らず、一方的に当事者に争いがないと判示し、本件訴訟の重要な争点の一つである本件特許発明が本件出願前公知であるカタログに記載されているキャンドルに基づいて容易になし得たものであるか否かの判断に当り、右の点を当事者間に争いがないとの前提において判断しており、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。
三 原判決には、審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすべきことは明らかである。
1 原判決は、上告人が提出した甲第一九号証の総合カタログに関連して、上告人の取引業者が上告人より前述総合カタログを受取ったとする時期を証明する甲第三二号証、甲第三五~四五号証確認者の記載内容は、それら確認書作成までに約六年が経過していることなどから、たやすく信用することができない旨判示すると共に、甲第一九号証の総合カタログと甲第四七号証の価格表とは、内容的に整合しているとはいえない旨判示している(原判決二七丁ないし三〇丁)。
この点に関し、上告人は、甲第一九号証の総合カタログ(総合カタログとして初めて作られた)の発註状況、頒布状況、その内容について、当時上告人会社において右総合カタログの発注を受け、頒布した総括責任者小林重昭、右総合カタログの発注を受け、これを上告人会社に納入した当時の大日本印刷株式会社名古屋支店営業部長佐藤英一郎、右総合カタログに記載されている導火線連続着火式キャンドル(ラブファイヤー)の販売を最初から携わっていた当時の上告人会社の東京営業部次長広部孝、右総合カタログに記載の導火線付連続着火式キャンドルを当時上告人会社に納付していた業者、さらには、右総合カタログの頒布をうけた業者など証人として、それら事実を明らかにすべく、証人の申出を行ったにも掛らず、何れも採用せず、独断的に、書証のみにより前述のように判断することは、審理不尽の違法がある。
2 原判決は、被上告人の提出した乙第六号証の実験報告書について、「弁論の全趣旨により真正に成立したものとみとめられる乙第六号証によれば、被告の依頼により岡山県工業技術センターは、三本のキャンドルを六cmづつの間隔に配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験したが(一〇例、導火速度の平均値一m当り一三・一秒)、キャンドルの燃焼芯への点火と同時に導火用の糸条体の先端が燃焼芯から離脱して下方に移動することにより糸条体に導火しなかったり、あるいは炎が消えるというようなことはなく、いずれの場合も連続点火したことが認められる」と判示している(原判決三九丁裏八行~四〇丁表五行)。
しかしながら、この判断は、乙第六号証に綴込まれている岡山県工業技術センター所長の作成した報告書を正確に判断したものとはいえない。
即ち、この乙第六号証は、被上告人会社の製造課長高橋寿雄の作成しえ実験報告書であり、そのうち、岡山県工業技術センター所長の作成した報告書は、別添した資料1に相当するものだけでである。
この報告書には、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験した、との記載は全くない。
即ち、岡山県工業技術センター所長の報告書に報告されている試験に用いられている導火用糸条体がニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体であるとの客観的な立証はないのである。
逆に、上告人の提出した甲四八号証の三重県工業技術センターの実験報告書によれば、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火しなかったという、前記岡山県工業技術センターの実験報告書とは矛盾する結果が明らかにされているのである。
そこで、上告人は右の点について鑑定を申出たにもかかわらず、原審はこれを採用せず、独断的に前述のとおり一七〇デニールのポリプロピレン繊維を用いられたかどうか不明な岡山県工業技術センターの実験報告のみから前示のような判断をしており、審理不尽の違法がある。
本件のような特許審決取消請求事件については、東京高等裁判所の専属管轄とされ、高等裁判所のみが事実審理を行うこととされて取消請求者の審級の利益が奪われているのであるから、高等裁判所の審理は、一般事件に比べても慎重かつ丁寧に行われなければならないところ、原判決は、右のような重要な争点の判断に必須の前記証拠調をしなかった点において、判決の結果に影響を及ぼすこと明なる審理不尽があったと断ぜざるをえない。
四 原判決は、当初明細書に記載されている第1表及び第2表に対する判断において取消事由1に対するものと、取消事由4に対するものとの間に矛盾した判旨があり、理由に齟齬がある。
原判決は、取消事由1に対する判断理由において、当初明細書に記載の第1表及び第2表につき、「また、当初明細書には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができた点について記載されていることは明らかであって、原告の前記主張は理由がない。」(判決第二六丁表面末行~同丁裏面第三行)と判示している。
この原判決の判示からすれば、当初明細書の第1表及び第2表に記載されている糸条体は、それぞれの糸条体自体が、炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して導火することができるものであると記載されているというものである。
一方、原判決は、取消事由4に対する判断理由において、当初明細書に記載の第1表及び第2表につき、「表1及び表2記載のものも、糸条体が極端に垂れるなどして糸条体の炎が立ち消えすることのない程度にキャンドル間の距離を設定し、それに相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたものと推認するのが相当である」(判決第四〇丁裏面第五~八行)と判示している。
この原判決の判示からすれば、当初明細書の第1表及び第2表に記載されている糸条体は、極端に垂れ下がるなどして糸条体の炎が立ち消えすること、即ち、炎が立ち消えすることによりキャンドルに点火できないことを示唆しているのであり、キャンドルに点火するためには、キャンドル間の距離を設定し、「それに相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたもの」と推認しているのであり、先の第1表及び第2表に記載されている糸条体自身が、炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火するものであるとした判断理由とは全く異なるものであることが明らかである。
尚、第1表及び第2表に記載されている糸条体に付着する燃焼剤の量は定量のものであり、「相応する適宜の量の燃焼剤を付着」する時には、第1表及び第2表に記載した糸条体と異なるものとなり、第1表及び第2表の記載から明らかなように燃焼速度も変化するものとなるので、第1表及び第2表に記載の糸条体に「相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたものと推認する」こと自体にも判断の誤りがある。
従って、原判決は、前後に矛盾した判旨があり、その理由に齟齬がある。
以上
(平成五年(行ツ)第四六号 上告人 カメヤマローソク株式会社)
上告代理人櫻井守の上告理由
原判決は、左記の点において、違法があり、破棄されるべきものである。以下、原判決の項目にしたがって、その理由を述べる。
一、本件発明の概要について
原判決は、当事者が争っている事実につき、「当事者間に争いがない。」と判示し、争点に関する判断を示していないことは、日本国憲法第三二条に違反した違法がある。
原判決は、本件特許発明について
「本件発明は、前記本件発明の要旨のとおりの構成よりなるものであるが、本件発明の新規な着想は、多数のキャンドルの燃焼芯の先端部を、ワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体で連結したことにある(同頁三六行、三七行)。そして、本件発明は、(1) 静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気、をつくりあげる、(2) 数多くのキャンドルの炎による形象だけでなく、それらキャンドルによつて囲まれている物を、炎によって浮かび上がらせることができる、(3) 連続着火が可能である、という効果を奏するものである(同頁五頁一〇行ないし一四行、なお、右(1)の効果を奏することは当事者間に争いがない。)。」(判決第二三丁表第一〇行~裏第九行。)
と認定している。
即ち、原判決は、本件特許発明における新規な着想と認定した、多数のキャンドルの燃焼芯の先端部を、ワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体で連結したことによる「(1)静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる、」という効果を奏する点には、「当事者間に争いがない。」との判示している。
しかしながら、上告人は、原審における平成三年五月「四日付準備書面(二)の第一六頁第一三行~第一七末行において
「被告は、「本件発明は、「一メートル当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残査の少ない導火用の糸条体」を用いることにより、明細書に記載のとおりの「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことができた」ものである旨主張するが、導火用糸条体の導火速度が一メートル当り一二秒以上の割合で導火させなければ、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことができない根拠を本願明細書からは見出すことができない。
例えば、導火用糸条体の導火速度が一メートル当り一〇秒の割合である時、さらには、一メートル当り八秒の割合である時には、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことはできないと云うのであろうか、夏の風物詩である仕掛け花火における糸条体は相当早い速度で導火しているように見られるけれども、静的イメージしかなかった花火の炎に対して動きを与え、どのような構図、或は文字が画かれるのか緊張感と期待感の中で花火が順次点火されて行くことは、普通に何人も経験するところであるから、その主張には妥当性を見出すことができない。」
と記載するなどして、前述効果が本件発明における多数のキャンドルを連続点火するに際して、その燃焼芯先端部を「一m当り一二秒以上の割合で炎を導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体で連結したこと」による固有の効果でないことを、現に争っているのである。
しかも、本件特許の願書に最初に添附した明細書(甲第二号証、以下、「当初明細書」という。)によれば、その特許請求の範囲には、「複数のキャンドル芯先端部を燃焼助剤を含む導火用の糸条体で連結してなる装飾用キャンドル。」と記載し、原判決が、本件発明の新規な着想と認定されている、多数のキャンドルの燃焼芯の先端部を、「ワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する……導火用の糸条体で連結した」点を、発明の構成要件としていないにも拘らず、この時点から、その効果として「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」(甲第二号証第一四頁第一~三行。)ことを上げている実状にある。
このように、当事者間が争っている事実につき、何等の理由を示すことなく、一方的に「当事者間に争いがない。」と判示することは、日本国憲法において、何人も、裁判所において、裁判を受けることを拒否されることはないことを保障している点(第三二条)に違反するものと解される。
しかも、本件訴訟の重要な争点である本件特許発明が、本件出願公知である上告人会社の総合カタログ(甲第一九号証)、イタリア特許(甲第二四号証)に記載されているキャンドルに基づいて、当該技術の分野における通常の知識を有するものが容易に発明をすることができたか否かの判断に当り、右の点に当事者間に争いがないとの前提において判断しており、これが原判決に影響を及ぼしていることは明らかである。
二、 取消事由1に対する判断について
1.原判決は、当初明細書に記載されていない事項を、「記載されている」と判示し、特許法第四〇条及び第四一条の解釈、適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(1) 当初明細書(甲第二号証)の特許請求の範囲には「複数のキャンドル芯先端部を燃焼助剤を含む導火用糸条体で連結してなる装飾用キャンドル。」としか記載されていない。
そして、昭和五九年七月六日付手続補正書(甲第一一号証)により初めて「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残査の少ない導火用の糸条体」という事項が記載され、昭和六一年六月五日付意見書に代わる手続補正書(甲第一三号証)により、明細書の特許請求の範囲は、「多数の炎により文字や形状を表現するようになした多数のキャンドルよりなる装飾用キャンドルにおいて、該多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残査の少ない導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結され、多数のキャンドルが導火用の糸条体を介して連続的に点火できるようになしたことを特徴とする装飾用キャンドル。」と変更された。
右手続補正書に初めて記載された事項のうち、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する……導火用の糸条体を介して連続的に点火できるようになした」という事項は、当初明細書に記載した事項の範囲外のものであるから、その補正は、本件特許発明の要旨を変更する(特許法第四一条)ものとなり、本件特許の出願日は、右手続補正書を提出した時、すなわち、昭和五九年七月六日とみなされるべきである(特許法第四〇条)。
(2) これに対し、原判決は、「当初明細書の第1表には、ニトロセルロースに添加する遅燃剤の添加量を変えた場合の糸条体の燃焼速度として一m当り四七秒のものから一m当り一一六秒のものが、同第2表には、糸条体への燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量を変えた場合の燃焼速度として一m当り一二秒のものから一m当り七六秒のものがそれぞれ記載されていること(別紙第1、第2表参照)が認められる。
右のとおり、当初明細書には、糸条体の燃焼速度の最も早い値とて「一m当り一二秒とし、これより遅い速度を燃焼速度として採用し、この燃焼速度範囲を一m当り一二秒以上」と表現したものであると認めることができる。したがって、糸条体の燃焼速度(導火速度)を一m当り一二秒以上」と記載した補正は、当初明細書に記載されていた事項に基づいてなされたものというべきである」と判示する。
そして、右理由の一つとして、
「また、当初明細書には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができた点について記載されていることは明らかであって、原告の前記主張は理由がない。」(判決第二六丁表面末行~同丁裏面第三行。)
と判示している。
(3) しかしながら、本件特許の当初明細書(甲第二号証)には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができたとする記載は全く見当らない。
即ち、当初明細書の第1表及び第2表に関連する記載を記すれば、
「糸条体の燃焼速度は次のように調整することができる。
(1) 燃焼助剤にセルロース微粉末、微細な殿粉、微細な無機質顔料等の遅燃剤を添加する。
(2) 糸条体への燃焼助剤の付着量を制御する。
第1表にニトロセルロースに遅燃剤の添加量を変えた場合の燃焼速度を示す。第2表に糸条体への燃焼助剤の添加量を変えた場合の燃焼速度を示す。
第1表
<省略>
(用いた糸条体は綿糸20番手を3本撚りにしたものでそれに燃焼助剤を0.18g/m付着させた。)
第2表
<省略>
(用いた糸条体は170dのポリプロピレン繊維)
上記表1および表2より糸条体の燃焼速度は燃焼遅燃剤を燃焼助剤に添加するか、又は糸条体への燃焼助剤の付着量を調整することにより容易に制御できることがわかる。」(当初明細書第七頁第二行~第九頁第四行。)
の通りであり、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができた点について記載されていないことは明白である。
(4) 特許法は、明細書には発明の詳細な説明の欄を設けることを求め(同法三六条二項三号)、この欄にはその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないと規定しており(同法三六条三項)、この発明の詳細な説明に、明細書の技術文献として果たす役割を主として担わせている。これに加えて、明細書は、当該発明の特許性(新規性・進歩性)を主張しかつ立証する書面としての機能をも果たしている。
したがって、発明の全体を技術的に正確かつ簡明に出願当初から記載しなければならないのであり、願書に最初に添付した明細書たよって、当該特許発明の内容は確定し、爾後、その記載内容を越えることはできなくなるのである(特許法四一条)。
そのため、特許法は、明細書の要旨の変更を厳しく制限している(特許法五三条一項)。
(5) 当初明細書の第1表及び第2表に、糸条体の単なる導火速度を、燃焼助剤(ニトロセルロース)に対する遅燃剤の添加量を変えることにより調整できること(第1表)、及び、燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量を変えることにより調整できること(第2表)が記載されているからといって、これらの実験に使用された各糸条体が、炎をあげて導火し、キャンドルのワックスを気化燃焼させて、キャンドルを点火させることができるものであるか否かは、さらなる実験をしなければ明らかにはならないのである。
実験の結果によれば、一m当り一二秒の割合で導火したという第2表の一七〇デニールのポリプロピレン繊維にニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着させた糸条体(参考までに、その実物糸条体を「資料1」として添付する)は、極めて細く垂れ下がるなどして、これによりキャンドルに対する点火はできなかった(甲第四八号証、甲第四六号証)。
このように、当初明細書の第1表及び第2表に関係する記載には、第1表及び第2表の実験に使用された「糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができた」との記載は見当らないのであり、これらの点について「記載されていることは明らか」であると判示する原判決(判決第二六丁表面末行~同丁裏面第三行。)は、明細書の要旨変更を厳しく制限している特許法の厳格解釈の原則に違背し、特許法第四〇条、第四一条の解釈適用を誤っており、この誤った判断を基に、甲第一九号証ないし第二二号証、第二七号証及び第二八号証に対する判断を排除した点からも明らかなように、これが判決に影響を及ぼしていることは明らかである。
2.原判決は、当初明細書に記載されている第1表及び第2表に対する判断において取消事由1に対するものと、取消事由4に対するものとの間に矛盾した判旨があるので、その理由に齟齬があり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
原判決は、取消事由1に対する判断理由において、当初明細書に記載の第1表及び第2表につき、
「また、当初明細書には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができた点について記載されていることは明らかであって、原告の前記主張は理由がない。」(判決第二六丁表面末行~同丁裏面第三行。)
と判示している。
この原判決の判示からすれば、当初明細書の第1表及び第2表に記載されている糸条体は、それぞれの糸条体自体が、炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火することができるものであると記載されているというものである。
一方、原判決は、取消事由4に対する判示理由において、当初明細書に記載の第1表及び第2表につき、
「表1及び表2記載のものも、糸条体が極端に垂れるなどして糸条体の炎が立ち消えすることのない程度にキャンドル間の距離を設定し、それに相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたものと推認するのが相当であること」(判決第四〇丁裏面第五~八行。)
と判示している。
この原判決の判示からすれば、当初明細書の第1表及び第2表に記載されている糸条体は、極端に垂れ下がるなどして糸条体の炎が立ち消えすること、すなわち、炎が立ち消えすることによりキャンドルに点火できないことを示唆しているのであり、その糸条体の炎が立ち消えすることがないようにして、キャンドルに点火するためには、キャンドル間の距離を設定し、糸条体には「それに相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたもの」と推認しているのであり、先きの第1表及び第2表に記載されている糸条体自身が、炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼して点火するものであるとした判示理由とは全く違るものであることが明らかである。
なお、第1表及び第2表に記載されている糸条体に付着する燃焼剤の量は定量のものであり、「相応する適宜の量の燃焼剤を付着」する時には、第1表及び第2表に記載した糸条体と異なるものとなり、第1表及び第2表の記載から明らかなように燃焼速度も変化するものとなるので、第1表及び第2表に記載の糸条体に「相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたものと推認する」との判示自体にも判断の誤りがある。
従って、原判決は、前後に矛盾した判旨があり、その理由に齟齬があることから、原判決が、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当するものであることは明らかである。
三、取消事由2に対する判断について
1.原判決には、審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすべきことは明らかである。
原判決は、上告人が提出した甲第一九号証の総合カタログに関連して、上告人の取引業者が上告人より前述総合カタログを受取ったとする時期を証明する甲第三二号証、甲第三五~四五号証確認書の記載内容は、それら確認書作成までに約六年が経過していることなどから、たやすく信用することができない旨判断すると共に、甲第一九号証の総合カタログと甲第四七号証の価格表とは、内容的に整合しているとはいえない旨判示している(判決第二七丁~第三〇丁)。
この点に関し、上告人は、甲第一九号証の総合カタログ(総合カタログとして初めて作られた)の発註状況、頒布状況、その内容について、当時上告人会社において右総合カタログを発注し、頒布した総括責任者 小林重昭、右総合カタログの発注を受け、これを上告人会社に納入した当時の大日本印刷株式会社名古屋支店営業部長佐藤英一郎、右総合カタログに記載されている導火線付連続着火式キャンドル(ラブファイヤー)の販売に最初から携わっていた当時の上告人会社の東京営業部次長 広部孝、右総合カタログに記載の導火線付連続着火式キャンドルを当時上告人会社に納入していた業者、さらには、右総合カタログの頒布を受けた業者などを証人として、それらの事実を明らかにすべく、証人の申出を行ったにも拘らず、何れも採用せず、独断的に、前述のように判示することは、審理不尽の違法があり、判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
2.原判決には、理由を付七ていない違法があり、原判決は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
原判決は、
「本件発明は、糸条体の導火速度を一m当り一二秒とすることにより、「静的イメージしかなかったギャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」という効果を奏するものであるところ、甲第一九号証には糸条体の導火速度を示す記載はないのであるから(この点も当事者間に争いがない。)、右の効果を奏する糸条体の前記導火速度を想到することは容易になし得ることであるとは認められない。以上のとおりであるから、取消事由2は理由がない。」(原審判決第三〇丁裏面第六行~三一丁表面第二行。)と判示している。
しかしながら、甲第一九号証の総合カタログに記載されている導火線付連続着火式キャンドル(ラブファイヤー)には、その糸条体の導火速度を示す記載のないことは上告人も認めるところであるが、被上告人は、特許庁における審査手続において提出している意見書(甲第三〇号証)で、この甲第一九号証における導火線付連続着火式キャンドル(ラブファイヤー)の頁を参考資料1として提示しながら、
「本発明では多数のキヤンドルを炎を出して導火する導火用の糸条体で連結して、糸条体を介してキヤンドルを連続的に点火させることにより、従来のキヤンドルの炎による静的な装飾効果に、さらに導火中の炎による動的な装飾効果を与えることができ、これらが相乗的に作用して極めて大きな装飾効果を発揮することができるのであります。かかる着想のユニークさは本願出願人が本願発明の装飾用キヤンドルを発表した後、他社より類似の装飾用キヤンドルが続々と発表されていることからも理解されると思います。(参考資料1、2、3、4)」(第三頁第九~末行。)
と述べているのであり、甲第一九号証に記載されている導火線付連続着火式キャンドル(ラブファイヤー)においても、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」という効果を奏するものであることを認めているのであり、この点については、当事者間に争いがないというべきである。
そして、右判示は、前述「一、本件発明の概要について」の項で述べた、原判決が、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」という効果が、本件特許発明におけ糸条体の導火速度を一m当り一二秒としたことによる固有の効果であるか否かを当事者が争っているにも拘らず、この争点に関し、何等の理由も示すことなく、一方的に「当事者間に争いがない。」との違法な判示を基にした判断であることから、この判示には、理由を付してないものというべきであり、民事訴訟法第一九一条第一項の規定に違反し、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
四、取消事由3に対する判断について
原判決には、理由を付していない違法があり、原判決は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
原判決は、上告人の提出した甲第二四号証(イタリア特許)に関連して
「本件発明における糸条体の燃焼速度の数値限定には格別な根拠はなく、糸条体の導火速度がろうそくへ確実に点火できる程度の導火速度という意味においては、甲第二四号証の一記載の発明と本件発明とは何ら異なるところはない旨主張するが、本件発明における糸条体の導火速度である一m当り一二秒というのは、単にろうそくへ確実に点火できる程度の導火速度をいうものではなく、それとともに前記効果を奏するものとして設定された数値であるから、この点を前記甲第二四号証の一の発明と同列に論ずる原告の右主張は理由がない。」(判決第三五丁裏面第一~八行。)
と判示している。
この判示の中で前記効果というのは、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」というものである。
しかしながら、このような効果は、糸条体の導火速度が一m当り一二秒以上であるがための固有の効果でないことは、当初明細書において、本件特許発明の要旨を、糸条体の導火速度が一m当り一二秒以上であると限定する以前から、糸条体によりキャンドルを連続着火する装飾用キャンドルの効果として記載(甲第二号証第一四頁第一~三行。)していることからも明らかなところである。
また、導火用糸条体の導火速度が一メートル当り一二秒以上の割合で導火させなければ、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことができない根拠を本件特許明細書からは見出すことができない。
例えば、導火速度が一〇秒の割合である時、さらには、一メートル当り八秒の割合である時には、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことはできないと云うのであろうか、夏の風物詩である仕掛け花火における糸条体は相当早い速度で導火しているように見られるけれども、静的イメージしかなかった花火の炎に対して動きを与え、どのような構図、或は文字が画かれるのか緊張感と期待感の中で花火が順次点火されて行くことは、通常、何人も経験するところである。甲第二四号証に示す糸条体の導火速度が一メートル当り二・五秒の割合であったにせよ、多数のキャンドルの燃焼芯を連結する糸条体に沿って炎は移動するものであり、多数のキャンドルを次々と点火するものであるから、甲第二四号証においても、「キャンドルの炎に動きを与え、緊張感に期待感の中でキャンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」効果を期待できるというべきである。
そして、右判示は、前述「一、本件発明の概要について」の項で述べた、原判決が、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」という効果が、本件特許発明における糸条体の導火速度を一m当り一二秒としたことによる固有の効果であるか否かを当事者が争っているにも拘らず、この争点に関し、何等の理由も示すことなく、一方的に「当事者間に争いがない。」との違法な判示を基にした判断であることから、この判示には、理由を付していないものというべきであり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に違反し、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
五、取消事由4に対する判断について
1.原判決には、証拠に基づかない判示があり、その判旨を理由にした判示は、結果的に、理由を付したものとは認められない違法がある。
原判決は、
「弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、被告の依頼により岡山県工業技術センターは、三本のキャンドルを六cmずつの間隔に配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験したが(一〇例、導火速度の平均値一m当り一三・一秒)、キャンドルの燃焼芯への点火と同時に導火用の糸条体の先端が燃焼芯から離脱して下方に移動することにより糸条体に導火しなかったり、あるいは炎が消えるというようなことはなく、いずれの場合も連続点火したことが認められる」(原審判決第三九丁裏面第八行~第四〇丁表面第五行。)と判示している。
しかしながら、この判示は、乙第六号証に綴込まれている岡山県工業技術センター所長の作成した報告書に記載されている内容に基づいてしたものとはいえない。
即ち、この乙第六号証は、被上告人会社の製造課長高橋寿雄の作成した実験報告書と、岡山県工業技術センター所長の報告書とが同時に綴込まれたものであり、そのうち、岡山県工業技術センター所長の作成した報告書は、別添した資料2に相当するものだけである。この報告書には、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を供試体として、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかにつき実験した、との記載は全くない。
この点に関し、上告人代理人は、平成四年六月三日に岡山県工業技術センターに出向き、試験を担当した同センター技術第二部システム班専門研究員柄川尚慶氏と面談し、その試験に用いた導火用糸条体は、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる糸条体であったのか否かを、実物(別添資料1)を示して尋ねたところ、岡山県工業技術センターとしては、試験或は分析依頼を受ける時には、その依頼者が同センターに持ち込む供試体を、依頼された試験方法により試験或は分析を行うだけであって、持ち込まれた供試体については、試験或は分析に関連して、例えば、危険を生じる恐れがあるなど特別な事情のある場合を除き、供試体の内容について何にも申告する必要はないし、要求もしていない、との解答しか得られず、本件報告書において試験に供した供試体、即ち、被上告人により持ち込まれた導火用糸条体は、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体であったとの回答は得られなかったのである。
即ち、岡山県工業技術センター所長の報告書に報告されている試験に用いられている導火用糸条体が、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体であるとの客観的な立証はないのである。
一方、この点に関し、被上告人は、平成四年一〇月一二日付準備書面(第五回)において、「原告は「被告の実験報告書(乙第六号証)はニトロセルロースを〇・〇一g/m付着させた一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を試験したものとして直ちに信憑性があるものとは認められない」旨、主張するが、この被告の実験報告書にある通り、この糸条体はほぼ一メートル当り一二秒で炎をあげて導火する糸条体であることに変りはなく、本件特許請求の範囲に記載されている「一メートル当り一二秒以上」の導火速度の糸条体で連続的に点火できることを証明するものであることも又明白である。」(第三丁表面第七~一二行。)と述べており、岡山県工業技術センターに被上告人が持ち込んだ供試体、即ち、導火用糸条体が、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体でないこともあり得ることを、被上告人自らが示唆しているのである。
このような実状にあるにも拘らず、原判決は、上述のように、「岡山県工業技術センターは、三本のキャンドルを六cmずつの間隔に配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験した」と独断しているのであるから、右判示は、乙第六号証に綴込まれている岡山県工業技術センター所長の報告書を援用してはいるものの、証拠に基づかない判示であり、右判旨を理由に、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる一メートル当り一二秒で導火する糸条体によりキャンドルに点火できたとして、「表1及び表2記載のものについての前記「いずれの場合も安定な炎をあげて導火してキャンドルに点火することができた。」との記載は信用できないとすることは相当でないというべきである。」(判決第四〇丁裏面第九~一一行。)と判示することは、結果的に、理由を付したものとは云い難く、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
2.原判決の判示には、理由に齟齬がある。
原判決は、
「表1及び表2記載のものも、糸条体が極端に垂れるなどして糸条体の炎が立ち消えることのない程度にキャンドル間の距離を設定し、それに相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたものと推認するのが相当である」(判決第四〇丁裏面第五~八行。)
との判示している。
しかしながら、第1表及び第2表に示すものは、糸条体に付着する燃焼剤の量は実験上特定されているのであって(第1表の場合のニトロセルロース(燃焼剤)量は一m当り〇・一八gと一定であり、第2表の場合は、ニトロセルロース(燃焼剤)量が一m当り〇・〇一gの場合、〇・〇二gの場合、〇・〇三gの場合、〇・〇五gの場合、〇・一〇gの場合、〇・五〇gの場合が示されている。)、糸条体か垂れるなどして糸条体の炎が立ち消えることのないように、相応する適宜の量の燃焼剤(ニトロセルロース)を付着して行ったのでは、第1表及び第2表に示す実験の目的を達しなくなるのであるからして、前述の判示の理由には、明らかな齟齬があると云うべきであり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定に該当する。
3.原判決には、審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
原判決は、被上告人の提出した乙第六号証の実験報告書について、
「弁論の全趣旨により真正に成立したものとみとめられる乙第六号証によれば、被告の依頼により岡山県工業技術センターは、三本のキャンドルを六cmづつの間隔に配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験したが(一〇例、導火速度の平均値一m当り一三・一秒)、キャンドルの燃焼芯への点火と同時に導火用の糸条体の先端が燃焼芯から離脱して下方に移動することにより糸条体に導火しなかったり、あるいは炎が消えるというようなことはなく、いずれの場合も連続点火したことが認められる」と判示している(判決三九丁裹八行~四〇丁表五行。)しかしながら、先きにも述べたように、岡山県工業技術センター所長の作成した報告書(別添資料2)には、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験した、との記載が全くないばかりでなく、その試験に用いられている導火用糸条体がニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体であるとの客間的な立証もないのである。
逆に、上告人の提出した甲第四八号証の三重県工業技術センター所長の報告書及び甲第四六号証の矢野一三の試験報告書によれば、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対し連続点火するかについて試験した結果、連続点火しなかったという、前記岡山県工業技術センターの報告書とは矛盾する結果が明らかにされているのである。
そこで、上告人は右の相違点を明らかにするため公平な第三者の鑑定を申出たにもかかわらず、原審はこれを採用せず、独断的に前述のとおり一七〇デニールのポリプロピレン繊維を用いられたかどうか不明な岡山県工業技術センターの報告書のみから前示のような判断をしており、審理不尽の違法がある。
本件のような特許審決取消請求事件については、東京高等裁判所の専属管轄とされ、東京高等裁判所のみが事実審理を行うこととされて取消請求者の審級の利益が奪われているのであるから、東京高等裁判所の審理は、一般事件に比べても慎重かつ丁寧に行われなければならないところ、原判決は、右のような重要な争点の判断に必須の前記証拠調をしなかった点において、判決の結果に影響を及ぼすこと明なる審理不尽があったといわざるをえない。
以上
(添付書類省略)